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自分の居場所

クローンになってから、しばらくの間
自分の「居場所」なんてないと思ってた。

それまで生きてきた世界では、どこに行ってもお荷物扱い。
そんな自分はこれからどうして生きていけばいい?
わからなかった。
自分には未来なんてないと思っていた。
食事ダメ、体力もない、子づくりもダメ。ダメダメづくし。



仲間といる間だけ、「居場所」を感じることができた。
ままならない体調にもめげず、前向きでいることで
他の仲間に勇気を与えている人もいた。

「手術や大変な治療を経験した事を他の人にアドバイスするという形で生かしたい」

辛い経験をしたはずなのにそれを強さに変えている事に感動した。
その強さがその人にとって、仲間の中で居場所を作る力になっていた。



仲間の中には、一般社会の中に溶け込もうと努力している人が沢山いる事も知った。


クローンの外の世界に足を踏み出すことにした。


私はやっかいな病気持ちだけれども、他人の役に立つ事ができる経験がいくつかできた。
他人に欠けている部分を補う事ができれば、自分に欠けている部分は補ってくれる。
すべてがパーフェクトな人なんていない。

補い合える人の間でなら生きていける。
一人一人は小さな力でしかなくても、集まれば大きな力を作ることだってできる。
社会で通用する力に育てることだって不可能じゃないと思う。


あきらめてた、自分で自分の人生を作っていくこと。
頑張れそうかな?

自分の可能性は、思ったよりも広いかもしれない。
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あらためて思うこと

ブログやmixiを通じて出会えたクローンの方たちに、
多大な影響を受けているのだと感じることがたくさんあります。

弱ってる人に優しく接する気持ちや、
落ち込んだ時に、もっと頑張って立ち直った人がいるから自分も頑張ろうと思う気持ちは
たくさんの仲間が教えてくれた事でした。

みなさんと出会えてよかったと思っています(V^-°)
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3年かかってわかった事。

健常者と障害者が同じ土俵で頑張ることはできるのでしょうか?

以前の私なら、ノーと答えていたと思います。

けど、健常者だって、周囲に取り残されないよう日々不安と戦って仕事していて、競争に必死なんです。
そんな中、最初から「できません」っていう人がいてたら腹が立つことでしょう。
その本人が本当は頑張りたいのに、すべて台無しにしてしまうんじゃないかという不安からそう言ってしまったのだとしても、現に頑張っている人からみたら関係ないのでしょう。

健常者でも、障害者でも、本気で仕事に取り組まない人は去るべきなのでしょう。

その事に気づくまでに、3年かかりました。
本当はもっと早く気づかなければならなかったのに、世間知らずのまま発病してしまった私は「人よりハンディがあるから、面倒見てもらえて当たり前」という甘い意識をずっと引きずっていました。


事の発端は、今いる場所にやってきた時
「自分は病気もちです。残業はできません。」と宣言してしまった事。
体の状態があんまりよくなくて、
慣れない環境に戸惑って、しょっちゅうトイレに行ってばかりだったあの頃。
不安ばかりが先走って、「できない、無理!」と拒絶ばっかりしていました。
そんな子だったから当然大切な仕事は任せられることもなく・・・。
気づけば出来ない事だらけになっていて、
仕事もうまくまわせなくて、陰口を言われる毎日をすごしていました。
私自身は必死で、なんとか上がろうとしてたつもりだったけれど・・・。

陰口は言わない人でも、「あんまり言ったらかわいそう」と思って叱ってくれなくなる人、
自分が楽したいから「無理しなや」と言ってくる人は、対等には扱ってくれない態度が見え見えで悲しかったです。そうさせたのは他ならぬ私とは分かっていても。

一生懸命やってるようで、そうじゃなかった。
わからないことはすぐに質問するべきだったのに、「そんな事も知らないの?」と責められるのが怖くて、聞けなくてかえって(仕事を処理するのに)時間がかかっていました。

自信を失くして、「一人じゃできません。」宣言をしてしまい、
収益も規模も小さい割に手間がかかる誰もやりたがらない仕事ばかり割り当てられて、
「どーせ期待されてないんだな・・・」ってどこか投げやりな気持ちにもなりました。
ある日、そんな私の態度を見かねた上司に「怠慢」とハッキリ言われてしまいました。

それから、とりあえず任された事は収益や規模のことなんて考えず、
いかにしていい結果を残すかだけを追求して今までのやり方にこだわらず、
自分でどうしていいか分からなくなったときは上司に指示をもらって、素直に遂行しました。
無茶だと思ってもがむしゃらに取り組んでみました。
すると、不思議なことに、自分で仕事の見通しがつけられるようになったり
段取りを組んで仕切るという事が出来るようになってきたのです。
以前は、必死で考えても出来なかったのに。

陰口を言われることもなくなり、周囲も本気で意見してくれるように変わっていきました。


その上司は異動で出先機関へ行ってしまいました。
たまにうちの職場に会いに来てくれても、重要案件の担当者とは話をして帰るのに私に声をかけてくれる事はあまりありません。
悔しいけれど、それが今の私のポジションです。
いつか見返してやりたいです。

できない事も多いけれど、それをカバーして他に負けない人になりたい。
気がつくと、健常者と同じ目線で闘志を燃やしている自分になっていたのでした。


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2泊3日 北海道旅行

北海道に行ってきました☆

大阪の伊丹空港を出発後、辿り着いた先は旭川空港。
目の前に広がる平原に、大阪街中住まいの私はただただびっくり。
「広い~(_´Д‘) 」ってずっと言ってましたw
のどかな線路に、ディーゼル汽車が走っているだけで感動するぐらいですから(^_^;)

1日目の旅程は、空港~層雲峡~銀河・流星の滝~層雲峡温泉宿という道のり。
ツアーバスの座席は先頭で、断崖絶壁の層雲峡を見るのにはとても良い眺めでした♪
銀河・流星の滝でバスを下車し、記念撮影タイム。

銀河・流星の滝

長袖の上着がないと寒いぐらいの気温でした。
近くの大雪山では真夏でも頂上に雪が残っているぐらいだそうですw(°0°)w

滝を後にして、さっそく旅館「朝陽亭」へ。
露天風呂、展望風呂、部屋の広さ かなり良いホテルでした!
食事は夜・朝ともにバイキング
・甘海老やサーモン、いくらなどの海鮮物
・カニ
・新鮮で甘い野菜とフルーツ
・冷やしうどん
・温かい白ご飯と汁物

このあたりのメニューを組み合わせれば、クローンちゃんでも全然困ることなくお皿をいっぱいにする事ができますヾ(@⌒▽⌒@)ノワーイ
もちろん、そのほかに
・肉料理
・チーズフォンデュ
・ジンギスカン
・北海道アイスクリーム
なども充実していて、普通にお腹いっぱい食べる事ができます。
調子がよかったので、ジンギスカンとアイスクリームもいただいちゃいました(^~^)
ついつい取り過ぎて、食べすぎないようにだけ気をつけながら・・・

食後、温泉に入りましたが
夜外が真っ暗な時よりも、朝明るくなってから入ったほうが景色がよく見えてよかったです。
露天風呂の風に吹かれながら、そびえたつ山の景色を眺めるのは気持ちが良いです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

2日目は、今回の旅のメインである旭山動物園へ。
朝、開門前にいったのにすでに長蛇の列でした!Σ( ̄ロ ̄lll)

オラウータン ヒグマ トラ
ライオン ペンギン

どの動物もどこかのんびりした感じ。
お腹を見せて寝転がっているライオン、どうしても犬の遠吠えにしか聞こえないオオカミの鳴き声、木の上に登ったきり他の1匹と戯れるレッサーパンダ、赤ちゃんがお腹にしがみついているのも気にせず空中をアクロバットし続けるチンパンジー、、などなど飽きる事無く見てまわれました(^ - ^)w

動物園の注目イベントとして、動物たちにエサをやるときに飼育員が観客に解説もしてくれる「もぐもぐタイム」という時間があり、ペンギンのもぐもぐタイムを見ることができましたが、エサを目の前になりふり構わず他のペンギンを突き飛ばすイワトビペンギンの姿に、生存競争の厳しさを感じました(~Д~;)


朝イチの動物園巡りの次は、美瑛~上富良野間の花畑巡り。

ファーム

一面に広がる花畑と後ろに広がる山脈の景色に心癒されました。
何時間でもぼんやり眺めていられそうな、穏やかな空気でした。
ヒマワリの畑もよかったですよ。

昼食は、近くの峠で鮭のシチューをいただきました☆
野菜ごろごろで濃厚なミルク味でした。
ポテトサラダとコロッケもついてきてイモづくしでしたw

お土産屋さんがついていて、生キャラメルが売られていたので早速ゲット。

生キャラメル


昼食後のバスはファーム富田へ。
ラベンダー畑がメインのこの農場で、ラベンダーソフトクリームを食べました(^▽^)
芳しい香りと濃厚なミルクの味が絶妙にマッチしていました。


その後、バスはいくつもの市を通過し、一気に洞爺湖まで走りました。

サイロ展望台

途中から雨が降ってきて、あいにくの天気でしたが
花火大会があるという夜までにはなんとか雨が止んでくれました ヤッタネ!(b^ー°)

この日止まった宿(洞爺湖畔亭)もご飯はすべてバイキング形式で、好きなもので食事を盛り沢山楽しめました。
そして、食後いよいよ、4月末から10月末まで毎日行われているという洞爺湖花火大会へ。

洞爺湖花火
(写真は転載させていただきましたm(__)m)

旅館の庭先がすぐに湖というロケーションで、そこから眺めました。
湖に反射してキレイでした。
旅館に泊まっている客はほぼ全員浴衣で鑑賞していて、それはそれで風情もありました。
(私もその中に紛れてきました(V^-°))

この日も、夜と朝の2回、露天風呂を楽しんできました♪

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

3日目の朝は眠い目をこすりながら、洞爺湖全体が見えるという展望台へ。
昨日止んでいた雨がまた降り出して、残念ながら全体を見る事はできませんでした(ノ_・。)(上の写真)

その後、近くにある昭和新山へ。

昭和新山

現在も活動中で、煙を吐き続ける火山は迫力がありました。


その後、新千歳空港へ向かいました。
途中でお土産屋さんを経由し、ロイズのチョコレートをゲット( ̄ー ̄)
(あとで空港にも沢山ありましたが(汗))

ツアーガイドさん達とは空港でお別れです。
七時間かけて、乗ってきたバスで事務所まで戻られたそうです。
北海道のバス会社さんは大変ですね。

空港で、機内で食べる空弁を買いました。

海鮮鮨 うに弁当

(画像が小さくてすみませんm(__)m)

こんな空弁があっていいものか・・・馬鹿な!!( ̄ ̄ロ ̄ ̄;;)
というぐらい具でびっしりご飯が埋め尽くされていましたw

うに弁当の上にのっているのは間違いなくウニですが、
海鮮鮨にのっていたのは、ウニ・いくら・カニでした。
欲張りな私は海鮮鮨を選びました(爆)


帰りの飛行機は新千歳空港から、関西空港へ。
大阪に戻ってくると、やっぱり暑い・・・(;´▽`A``
あと1ヶ月ぐらい北海道にいたいと思いましたwww

それに・・・北海道はやっぱり食べ物が美味しかったです♪
また行きたいな。
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診察日 ~イムランとレミケード 先生に質問~

イムランレミケード
どちらも腸を攻撃している免疫を抑制する薬であることは知っていたけれども、
2つの違いがよくわからなかったので
こういうときは頼りになるW先生( ´ー`)に聞いてみました。

効き方に違いがあるらしく、患者によって使い分けされているとのこと。
とりあえず効き目のことについては以下のとおり。

(イムラン)
じわじわ効く。効果発現までに2~3ヶ月ぐらいかかる。
急激に潰瘍が治ることはないが、狭窄への影響はレミケードよりはないと考えられる。
ただし、髪の毛が薄くなる、妊娠できなくなる等の副作用がある。


(レミケード)
急激に効果がでる。潰瘍がすぐ閉じる。
ただし、狭窄が進行する恐れがある。
ずっと使用していると、体内でレミケードに対する抗体が作られるため、それを防ぐ目的でイムラン(若しくはロイケリン)も併用するとされていたが、イムラン併用をしなくても効果が持続する患者もいるとのこと。ちなみに、10代~20代前半の患者がレミケードとイムランの併用を長期間続けていると、特殊なリンパ腫になる事が最近海外で発覚したとのこと。


ただ、個人によって効き目が結構かわるそうなので、一概に「Aの場合はどっち」というような言い方はできないとのこと。

私の場合
 ★小腸から大腸にかけて潰瘍
 ★1日1食。3食はたべられない。
 ★小腸末端部分に食べ物は通過するがカプセルカメラ(小指先大)が通らない程度の狭窄
 ★栄養療法(4パック)を1年行ったが、潰瘍治癒にまでは至らなかった。
 ★CDと確定されてから3年ぐらいと病歴は浅め

先生は、イムランではなくレミケードを選択。
(理由)
レミケードは狭窄をすすめるかもしれないが、小腸から大腸まで広い範囲にわたって存在している潰瘍の傷が深くなって大量切除になる前に潰瘍を治したほうがよい。
レミケード投与で狭窄が閉じ、緊急手術になる可能性はあるが、将来大量切除になるよりは体への負担(障害)が少なくて済む。なお、手術で腸を切除してからレミケードの投与を始めて緩解維持に持ち込むやり方も有効だと考えられる。


特にレミケードについては新薬であり、長期にわたって使われた例が国内でないため(海外でもまだ10年ほどだそうです。)、
・どれだけ持続するのか
・予想してなかった作用が現れることもある
などといったことがあるようです。
ただ、喫煙しているとレミケードの効き目は落ちるということはハッキリしているそうです。


即時に答えてくれた先生はやっぱりスゴイです( ^ー゜)b


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
最近、ゴスペル始めました♪
また、知人に誘われてジャズバンドにパーカッションとして参加させていただくことになりました(@^∇^@)
好きなことをしているとやはり体にいいのか、体調も変わらず好調です。

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CCJAPAN vol.44とカプセル内視鏡の思い出w

CCJAPAN44号 ようやく入手しました!

最近、近くのセブンイレブンに取り寄せしていてややゆったりめの到着(((((っ-_-)っ

今回のテーマは「検査」
「ふーん、最近はこんなこともできるんだー」と感心しながらページをめくっていくと・・・

私がいつもお世話になっているW辺先生のお写真がw
特集のテーマに寄稿されていました。

けど、その内容が
私にとっては、忘れたくても忘れられない思い出だったのです(涙)

先生、もうあなたは忘れたのかしら?
それとも、まだ、覚えてらっしゃいますか?


ここに一人、カプセルを詰まらせた人がいたことを・・・
(_△_;)



セカンドオピニオンをもらうため、I大病院にやってきた私の検査を受け持つことになったのが現在の主治医でもあるW辺先生でした。
それまで通っていた病院では、大腸カメラと不鮮明な小腸二重造影の写真しか記録がなく
改めて小腸ダブルバルーンとカプセル内視鏡の検査を受けることに。
検査自体は、何事もなく楽勝v(^_-)☆だったのですが、
検査終了後、排出されるはずのカプセルが半年たってもレントゲンに写ってました・・・。
そこで、先生が苦渋の決断。
「直接とりにいきます。」


ええ、どうやって詰まったカメラを取りにいくの!?Σ( ̄口 ̄;;


答えは簡単。口から内視鏡を入れて、先端につけた網で直接すくい取るという方法でした。
眠り薬を注入されて、意識のないまま身を委ねて、1時間後無事回収♪


よそから転院してきたため、事前に経口造影をしていたとはいえ、狭窄の存在がわかりにくかったそうです。
詰まらせたおかげで、皮肉にも病状把握につながってしまったわけですが(-_-;)

あの時は、冷や汗かきましたよ~~~
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久々のクロンなお茶会

久しぶりのクロンオフ会☆

場所は某所。
とあるマイミクさんからのご指名で
私とくろーん調理師さんの2人でお出迎え、3人でお茶会をすることになりました。

どんな方だろう・・・という会話を電車下りたところで会った調理師さんとしつつ、
待ち合わせ場所付近を通り過ぎる人すべてが、待ってるその人に見えて仕方がないw

調理師さんの携帯が鳴って
地上へ向かうと、色白で瞳の大きな美人さんが立っていました☆・:.,;*
直感的に「この人!」って気がしたw

「あの、もしかして・・・」とお声かけして、「はじめまして」とご挨拶。
この時点から、なんだか「テンション高い?」という空気を醸し出されてました・・・。
それには理由があったんですが。

調理師さんですら、巻き込まれてしまうほどのマシンガントークの持ち主さんでした。

************************************************************

調理師さんのホームグラウンドwに移動し、お話(戦闘!?)開始。
マリさん(マイミクさん)は、病気になってからもう10年ぐらいになるそうですが、
クローンの方と会うのが初めて、だったらしく
聞きたいことを箇条書きにして手帳にメモしてこられていました。
手帳片手に、私たち2人に対してすごい勢いでお話される姿は
まさに取調べ(; ̄▽ ̄A
そういえば、私も初めて同病の方と会ったとき聞きたい事を前の晩にメモしていったことがあった事を思い出しましたけどね・・・。

同病の方の生の声が聞けるってやっぱり特別なんですよね。

レミケードのこと、ダブルバルーンのこと、生命保険のこと、鼻注のこと
いっぱい聞かれてました。
鼻注をするとき、テープをほっぺたに貼るとかぶれてしまうので、チューブを固定する耳かけヒモを作ってしまったという新たな流儀を披露してくれたり、チューブをハサミで切って取り出してしまうという緊急避難の技には私たち2人とも感心させられるのでした。

調理師さんが、とても詳しく答えているのを見て思わず感心w
・・・していたんですが、レミケの話のくだりから脱線し始めて、気がつくと調理師さんの本領発揮www
けど、マリさんがあまり引いてなかったように見えたのは気のせい!?

あまりにも自然に下ネ○トークが盛り上がってしまったので
つられてとんでもないことを口走ってしまいました!Σ( ̄口 ̄;;
後から考えるとすっごく恥ずかしくて、ここには書けません・・・(/-\)
純粋な私、初対面のマリさんですら下○タに巻き込んでしまう
調理師さんはやっぱりとんでもないお方ですwww
なのに、なぜかいやらしくないんですよね~。。なんで!?

ですけれども、クローン同士だと
普通に下痢とかお尻の話が会話の中に出てくるので
『下』の話をしやすくなるのかも、、なんてふと思いました。

会話は大いに盛り上がって
気がつくと3時間をまわっていました。
めっちゃ楽しかったなぁ・・・
マリさん、「セーブしてるんですよ」って言ってましたけど、
マシンガントークの勢いは最後まで衰えることがありませんでした(≧∇≦)
そして、テンションの高さも最後までハイレベルでキープ!

関西に、また一人、伝説の人物があらわれましたwww
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タイミング

運命かな?と思うぐらい絶妙なタイミングってあると思う。

あのとき、そこにいなければ出会うことのなかった人。

あのとき、言わなければ親密になることのなかった関係。


昨日の診察で、
私とレミケの出会いはギリギリに絶妙なタイミングだったと先生に明かされました。

レミケを始めるのがあともう少し遅かったら腸閉塞を起こしていたかもしれない。
でも、良くなる見込みのない状態を続けるよりは少しでも希望が持てる治療にトライしてみたほうがいい―結果、その判断のおかげで3食たべられるようになったばかりか、腹痛に悩まされることなく友人と外食を楽しめるというレベルにまで回復したのだから、私ばかりか先生も驚いていたみたいです。

ですけれども、止めると元の状態に戻ってしまう恐れがあってレミケ継続はしばらく続きそうです。
日本はおろか、治療の先進的な海外ですらレミケの継続投与をやめていい状態をキープできているというデータはまだないそうです。

レミケでクローンは「治る」わけではありません。
いい状態をキープできているから、つい「治ったのかな?」と思ってしまいますが、薬がないと維持できない状態というのは「治った」とは言えないのではないのでしょうか。
レミケが効かなかった、もしくは間に合わなかった方たちのことを考えると私は全然恵まれているし、助けられたのだなと感じさせられますが・・・。
あまり軽々しく「治る」とは言えない気がします。


はやく、根治療法、開発してもらいたいです。
研究してる人たち、頑張ってほしい!!
貢いでなんとかなるのなら、いくらでも貢いでもいいかもしれない☆ぐらい本気でそう思います。
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写真展 その後

私に衝撃を与えた4日間の写真展は、好評のうちに無事終了することができました。

市長さんが来られたり、

テレビのニュースで(短くだったけど)紹介されたり、

新聞に掲載されたり・・・

子どもたちの笑顔のパワーは、いろんなカベを壊してくれました。

主催者はそもそも、実際に管につながれて在宅で生活している子どもの家に行って初めて、本人や家族が置かれている状況を理解したという役所のベテラン職員の方の一言で、この写真展を開くことを思いついたそうです。
その決断が間違ってなかった事が証明されたと言えそうです。

メディアに取り上げられたおかげで、遠方からも沢山の方が来てくれました。
「テレビや新聞を見て来ました。」と言って来られた方もいました。
障害児施設で団体として見学に来られた方たちから、一見なんの関係もなさそうなスーツ姿のサラリーマンさんまで色んな方が訪れていました。
主催者の方は常に来場してくれた方の対応をしていて、とても忙しそうでした。

養護学校や障害者施設の先生方も来られていて
写真展を見た小学校の先生から、「うちの学校でもぜひ写真展を開いてほしい」という声も寄せられました。

来てくれた人は様々な感想を持って帰られたことだと思います。
アンケートを取っていて、少し拝見させてもらったのですが
「自分も難病で、写真展を見たことで勇気づけられました。」というコメントを発見したときは少し嬉しくなりました。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

私にとってもいろいろあった4日間でした。


もともとこのお仕事は上司と2人でやっていたものでしたが、途中で上司が異動になってしまいました。
その上司が3日目の朝に忙しいスケジュールの合間を縫って来てくれて、私に

「やっと日の目を見られてよかったな。今度飲みに行こう。」と言ってくれました。

仕事で認めてくれた、初めての経験だったので思わず涙腺がゆるみかけました・・・


また、主催者の代表の方と私がミクシィで繋がっているあるお方が、実は知り合い同士という事がわかり、急遽そのマイミクさんをお誘いして来てもらっちゃいました☆
私は、そのマイミクさんと実際にお会いした事がなくて代表の方に「どの方ですか?」と聞いて、「???」な顔をされました(^_^;)そりゃそうですよね。

初めて会ったマイミクさんは、身長が高くてさわやかさんな感じでした(=´∇`=)
テンション上がってw、思わず話込んでしまいした。
その方もクローンさんだったので、初対面なのにフランクに話ができたから不思議です。

主催者の方は過去にマイミクさんにお世話になったことがあるらしく、人ってどこでどう繋がっているかわからない、そんな奇跡が楽しかったです。

わざわざ立ち寄ってくださってありがとうございました!


写真展が終了して、片付けを終えると体中の力が抜けてぐったり・・・。
イベントを無事に終了させることや、普段関わりのない上層部の偉い方々との関わり、もっと関わりのないテレビや新聞への対応は緊張の連続でした。
テンションが上がっていたので、イベント中は「次は何が起こるんだろう♪」と次々やってくるハプニングにもワクワクしながら対応していましたが、終わってみるとやっぱり疲れましたね。

いいお仕事が出来て、よかったと思います\( ⌒▽⌒ )/
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きらきら笑顔の写真展示会にたずさわって・・・

鼻注をしたとき、鏡に映った自分の姿は確か抵抗なく見ることができたと思うけど
家族や彼氏に見せるのはとても勇気がいった。

けど、鼻注がなければ生きていくことができなかった。
仕方なく選んだ選択肢だった。

どうして私だけこんな目にあうんだろ?
何か悪いことしたかな。

好き好んで管につながれてるんじゃない。
好き好んで絶食してるんじゃない。

ほんとうは他の人と同じことがしたいよ。
同じ経験をわかちあいたかったよ。


そんな事を思っていた私が、お仕事で、重い障害を持った子どもさんの写真展示会に関わることになりました。

主催者の方が見せてくれた80枚の写真は、
1人1枚ずつ、親の方が選りすぐって主催の方に託したものだと言われました。

その写真は、鼻注や胃ろう、人工呼吸器などの管に繋がれた子どもたちが、カメラに向かって最高の笑顔を見せているというものでした。
驚くことに写真の提供を拒んだ親はいなかったといいます。

見て、衝撃を受けました。けど、
写真に写ってる子たちはなんか、すっごい幸せそう。
そんな笑顔向けられた親も幸せな気持ちになるだろうな、と感じました。

少々失礼な物言いになるかもしれませんが、
見るからに大変そうなのに、子供たちはなぜか周囲の人を幸せにしているようでした。
だから、親はそんな子のことを誇りに思えるのかもしれません。

体の状態は私なんかよりもこの子たちのほうがずっと大変なはずなのに、無邪気な笑顔で写真に写っているのを見ると、なんだか複雑な思いにとらわれました。

色々知りすぎる前なら、こんな笑顔できたんだろうか?
いや、そんなの関係なく笑える日が来るんだろうか?

ただ、病気になって年数が経てば経つほど後者に近づいてる実感はあります。


正直、ショックを受けて写真を直視できない人もいるんじゃないかという不安はありますが、
子どもたちの無邪気な笑顔がそのカベを壊してくれる事を期待しています。

残り3日間あるので、経過をしっかりと見ていきたいと思います。
なお昨日の初日は、来場者が絶えることがなくまずまずの入りでした。
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えっ、治るの?

「原因不明で治らない」と言われていたクローン病が治るようになるかもしれない。

(北大グループの発表)

発症の仕組みがわかった、というのだからこれは期待できそうかも。
単純に嬉しい。

けど、治療に使える薬はいつできるのかな?

悪化してしまった部分を治すことはできないんだろうか?

ホントに期待していいんだろうか?


考え出すと、キリがない。
それでも、わずかな期待があるだけでも前向きになれる気がする。

鼻注してて、「もう食べられないんだ・・・」っていう気持ちになってた頃の事を思い出すと
レミケで食べられるようになったこと、
そして根本的に治すことができるようになるかもしれないこと、
めちゃくちゃすごい進歩じゃないんだろうか?

失ってしまったものも多かったけど、
あきらめずに頑張ってたらいつか取り返すこともきっとできる。

その日が来るまで、できるだけ緩解維持したい。
なるべく食事で暴走することのないよう心がけていきたいと思う。

誰かとつながっている限り、元気でいられるほうがいいに決まってるから。
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何度でも

どんな理由があっても
最初から「できません」って言ったらそれで終わり。
できる限りのことをしなくちゃいけなかったんだ。

できないって言ってる人に何かを任せるなんてことできないよね。


大切な事には参加させてくれなかった。
後から来た人たちにいっぱい持っていかれた事もあった。


「できる事をすればいい」って言われたけど、お荷物になりたい訳じゃない。



・・・なんて事は、今までもずっと思ってきて、まだ道の途中。
人よりおっちょこちょいで歩みが遅いから、「なにやってんだよ」って言われたり、自己嫌悪になったり。
それでも、結局、何度でも立ち上がるしかない。

10000回ダメでも10001回目には何か変わるかもしれないから。
↑ この歌大好きですww


クローンは難しい課題を与えてくれますね( ̄~ ̄;)
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身障手帳返してきました!

身障手帳を区役所に返してきました。


私の持っていた手帳の内容は
小腸機能障害の4級(1種)というものでした。
一定量以上の栄養を鼻注で補っていた(それだけ食事をしていなかった)状態が
半年以上続いたので、「障害固定」として認められました。
ただし3年後に再判定 要 という条件つきで。
取得したのが2年前だったので、再判定は待っていれば来年の予定でした。

ほんとうはレミケの効果が現れて3食OKになった時点で返すべきだったのかもしれません。
でも、レミケをして最初は「またいつ鼻注に戻るかわからない」とずっと疑っていました。

体の状態が悪かったことで周囲に優しくしてもらってた事が気に障った人たちから意地悪をされたり、仲間はずれにされたこともありました。そのとき必死だった私は、「頑張ってるのにどうしてこんな目に遭うの?」とそれを受け入れることができませんでした。

食べられないものが多かったせいで、ご飯を食べに行くとき非常に気を遣っていたこともありました。
食べるものの事とか、一緒に食べに行く人に対して。
それがしんどくなって他人とご飯を食べに行くことを避けていた事もありました。


以上のようなネガティブ感から(´_`)
素直に手帳を返す気持ちになれませんでした。
でも「やっぱり返さなくていいんだろうか?」というやましい気持ちもあったので
手帳をくれた人に相談してみました。

「手帳を申請した時よりも体の状態がよくなった時は、返さないとダメですか?」と直球で。


その人は、穏やかにこう言ってくれました。


「ゆかりさんが、「損してる」と思っているうちは返さなくていいですよ。」


正直、「返して」と言われると思っていたので意外でした。
「え、ホンマにいいの?」と。
振り返って思えば、そう言ってくれた事に対して本当に感謝でいっぱいです。

そして、今
7階にある職場まで1階から階段のみで登りきることができるようになりました☆
鼻注時代は、ちょっとした坂道だけで息が切れていたのに…
その時代に比べたらすごい進歩です(T∇T)

他人と食事も、わりと普通に行けるようになりました。
多少食べるものに気をつける程度で、カベを作らず楽しめるまでに復活しました(*^∇゜)v

できる事が増えてきて、劣等感を感じなくなってきました。
病気になった当初は、劣等感を通り越して「自分にはできないんだ」という諦めの境地でしたが。。


素直に「もう返さなきゃ」という気持ちになりました。

交通割引や、映画館・美術館・海遊館wなどの施設入場料割引、いろいろとお世話になりました。
(東京タワーなんていうのもありました。)
ありがとう、手帳w そして、さようなら★
助けられた分、これから頑張っていきたいと思います!!
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沖縄旅行③☆うちなーんちゅはいい人だ☆

名護市内から、高速バスで那覇へ向かうと1時間半ぐらいで着いた。
やっぱり高速道路は速い。

この後、知人に紹介して頂いた現地の方と待ち合わせしていた。
とりあえず、その前に荷物を置きに徒歩でホテルへ。
道中、道に迷っていると見知らぬおじさんが「どちら行くんですか?」と声をかけてきてくれた。
観光客には慣れているのか、手際よくホテルの位置を教えてくれた。
気さくなのは沖縄人の特徴??

パシフィックホテル沖縄に荷物だけ残して、タクシーで待ち合わせ場所へ。
紹介された男性と「はじめまして」とご挨拶。
車に乗せてもらい、沖縄料理が食べられる居酒屋を紹介してもらう。
車中の会話で、沖縄女性はあまり泡盛を飲まないという事実に軽くショックを受ける。
酒豪っていうイメージがあったんだけど?

たどり着いたのは「ぱいかじ」という沖縄民家を模したいい感じのお店(*´∇`*)
たまたま三線のライブも聴ける日だったので、陽気な音楽で店内は盛り上がっていた。
なんか、いいなあ。


男性2、女性2の合コン状態ww
板前さんがお刺身切ったり、料理しているのが見えるカウンターにて沖縄と大阪の遠距離コラボな会話で盛り上がり…(^▽^)

泡盛チューハイの肴に、まだ食べてない沖縄料理を注文。
・うりずん(豆)サラダ
・じーまーみ豆腐の揚げだし
・ヘチマの煮物
・ヒラヤーチー(沖縄風お好み焼き?キャベツは入ってなかった)
・らっきょうの天ぷら
・お刺身
ヘチマの食感が独特だった。らっきょうは意外と美味しかった。
ヤギの刺身も食べてみたかったかも!?
(食べてたら隣家まで匂いが漂うほど、かなりキツイものだと聞いたけれども)

〆に沖縄名物ブルーシールのアイスリームをいただいて満足な気分に。
さとうきび、紅芋、バニラの三種でやや濃い目の味だったけど程よい甘さだった。

三線おじさんが近くにやってきたので、友人がBEGINの「島人(しまんちゅ)の宝」をリクエスト。(←同い年なのになぜかBEGINを知っている渋い友人w)
すると、違うテーブルに座っていたお客さんやカウンターで刺身を切っていた板前さんまで合いの手大合唱で大盛り上がりに!!
めちゃくちゃ楽しかったです♪~♪ d(⌒o⌒)b ♪~♪


盛り上がりも程よくなったところで、会はお開きに。
帰りは車で国際通りに寄り道してくれました。
深夜11時だというのに飲み屋さんだけでなく、普通にお土産やさんが開いていることに驚き☆
大阪よりも、沖縄のほうが眠らない町でしたww

見ず知らずの私たちだったにも関わらず、親切に接待してくれたお兄さん達に感謝です!
他所の土地の人とお話をすると、生活習慣や価値観の違いが分かったりして面白かったです。



3日目の朝も、朝食はホテルでバイキング。
朝ごはんはわりと控えめに食べました。
今日は、正午には飛行機で沖縄の地を出発するため、駆け足で最後の目的地である首里城へ。
真紅の壁に、色とりどりの装飾がされた内装が南国らしかったです。

沖縄で唯一の電車「ゆいレール」はモノレールで、運転席の真後ろに座ると空を飛んでいるかのような独特の眺めで楽しかったです。

電車でGO


いいお天気で、空も海もキレイだった!!


沖縄の海と魚とキレイな景色たち、おいしい料理そして優しい人たちのあたたかさにすっかり癒された3日間となりました。
ぜひ、また行きたいな☆⌒(*^-°)v

(おわり)
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沖縄旅行②☆タクシーに拾われて☆

来ないバスを待つ私たちのもとへやってきた1台のタクシー。
早く行きたかったので、とりあえず乗ることに。

タクシーの運転手のおっちゃんはとてもよくしゃべる人で、
他所からきた観光客の話とか、おっちゃんと海の思い出の話とか
絶え間なく色々とお話してくれました。
美ら海水族館まで送ってもらうだけの予定でしたが、
おっちゃんがいい人そうだったのと、かなりお得なお値段を提示されたのとで
結局、夕方までの間おつきあいいただくことになりました☆


海沿いの道を100キロ近くで飛ばし、予定よりも大分早く美ら海水族館に到着。
2時間後に待ち合わせする約束をして、おっちゃんと別れる。
午前10時の水族館は、まだわりとすいていまいした( ̄ー ̄)v

ナポレオン


大きな水槽の中を、おもしろい顔の魚たちがゆっくりと
ぷかあ~っと泳いでいました。

あほづら1


あほづら2


カラフルな熱帯魚のコーナーも。

ニモ


この他、サンゴや淡水魚、深海魚やサメのコーナーともりだくさんでした。

やっぱり一番は大きなジンベイザメ。

ジンベイ2


人間と比べると、その大きさがよくわかります。

ジンベイザメ1


美ら海水族館のもう一つのスター的存在、マンタと一緒に泳いでる姿も。

ジンベイとマンタ




いっぱい癒されて、再びタクシー屋さんと合流。
お昼ごはんをまだ食べていなかったので、地元の人がよく行くという美味しい沖縄そばのお店に連れて行ってもらうことに。
現地の人が一緒だと、こーゆー小回りが効くんですよね(^▽^)

沖縄そば


ソーキそばといって、沖縄のそばは中華麺とよく煮込んだ骨付き豚肉の組み合わせ。
こんぶやカツオが入ってるっぽいおダシと絶妙なバランス。
骨付き豚肉は、本来NG…?かと思ったのですが、
食べてみると、脂身が殆どなくさっぱりとしていました。
あまりお腹がもたれることもなく、旅先で食べる分には程よい冒険(* ̄m ̄)


次の目的地は今帰仁城跡。

今帰仁城跡


城本体はなくなっていて、残っているのは石垣のみ。
城の周りを囲う城壁が、高台になっている城跡のほうから眺めると万里の長城のように見えました。
遠くに海もうっすらと。

城跡を歩いた後、露店で売っていたしぼりたてのさとうきびのジュースを飲んでみたが、衝撃的な甘さだった(;゜゜)
友人が飲んでいたシークヮーサー割りはすっきりと飲みやすかった。
その後は博物館をウロウロと。


この日は他に予定がなかったけれども、タクシーのおっちゃんのオススメで急遽パイナップルパークへ向かうことに。

パイナップル号


パイナップル号に乗って、パイナップル園をお散歩♪
園散歩が終わると、建物の中にあるお土産やさんでパインワインの試飲や、ケーキやパインチョコなどの試食がたくさん!
事前におっちゃんから「遠慮せんと食べていいからね」と聞かされていたので、おやつがわりにパクパクモグモグ( ̄~ ̄) 出る頃にはすっかりお腹が満たされていましたw


やんばるの山を抜け、名護市街へ。
那覇へ向かう高速バス乗り場の前でおっちゃんとお別れすることに(; _ ;)/~~
いい人だった。
気さくに話してくれて、美味しいおそば屋さん教えてくれて、おやつのピーナッツ黒糖分けてくれてw
行き先について、適当にしかプランを組んでなかったので道事情を知ってるタクシーの人に拾ってもらえて本当に助かりました。
タクシーの旅も結構いいかも!

ひがさんと


おっちゃん、ありがとうv(o^▽^o)v

(つづく)
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沖縄旅行①☆とりあえず、海と食べ物☆

3月の月始めに友人と沖縄に2泊3日で行ってきました(v^ー^)


関西空港で待ち合わせをして、3時頃の便で沖縄へ。
着くとすでに夕暮れ時。

バスの時間までに余裕があったので、空港にあったぜんざい屋さんで遅めのお茶。
沖縄らしさにひかれて、黒糖ぜんざいを注文する。

ぜんざい


これが美味しかった!(^Q^)
つけあわせにでてきた塩もみしたきゅうりとゴーヤー(沖縄やなぁ)も絶妙。
お茶はさんぴん茶(ジャスミン茶)でした。


空港を出て、鈍行バスで沖縄中部にある「喜瀬」というところを目指す。
沖縄の交通手段はほどんど車、ということもあって夕方の渋滞に巻き込まれる。
那覇市街を出ると、フェンスに囲まれた米軍基地が見えてきた。

高知の阪神キャンプへ行ってきたという友人の話を聞いたり、写メを見たりしながら
空港を出てから約2時間後、宿に到着。
宿は喜瀬ビーチパレスという海沿いのリゾートホテル。
格安プランで来たのに、立派なホテルでテンションが上がる♪

フロントのお兄さんがV6の岡田准一によく似ていて、これまた友人と盛り上がったのでした(笑)


宿に着いたのが結構いい時間だったので、すぐに夕食へ。
宿近くの「どなんち食堂」という沖縄料理が食べられる居酒屋へ。
とりあえず食べてみたい!と思ったものをオーダー。

ごちそう


どのお皿も想像していたものより多い量で、びっくり(゜▽゜;)
・海ぶどうのイタリア風サラダ
・じーまーみ豆腐(落花生の甘いお豆腐)
・ラフテー(豚角煮)
・ゴーヤーチャンプルー
・タコライス

ラフテー以外は、クローンでもわりと食べられそうな食材?
でも「そんなの関係ねえ!!」とばかりにパクパク食べてしまいました…。
友人に少しだけ分けてもらった泡盛はとても濃かった。

この後、友人が頼んだ「パパイヤの天ぷら」は美味しかったのだけど、
量がデザートの域を超えていました。。



2日目の朝。
ホテルのバイキングで朝食を済ませた後、隣接するビーチへ散歩に出る。
途中、高校生らしき集団が腕立て伏せしている間を通り抜けるm(^_^;)m

海


海開きは4月らしいので、まだ海には入れず(>へ<)
でもエメラルド色の水面に思わずうっとり、しばらく見とれていました。


ホテルを後にして、次の行き先、美ら海水族館へ。
路線バスを乗り継いで行くつもりでバス停でバスを待っていましたが、10分過ぎても来る気配がなく、
沖縄のバスは定刻どおりに来ない、というのは本当やなぁ・・・
という話を友人としていると1台のタクシーがやってきたのでした。。。。。。((( ^ ∀^) ♪♪♪

(つづく)
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CCJAPANに体験談が載りました。

本日、心待ちにしていたCCJAPANが届きました!


実は、安達久美さんのCDプレゼント応募のときに
いっしょに体験談も投稿していたんですw

オフ会で集まるたびに友達が増えて、楽しい思い出を共有したり
勇気付けられたりしました。
そのことが伝わればいいなという想いで書いてみました。

病気のことについては一切ふれてないですけど…A(^_^;)


病気のこと、経験したものどうし同じ立場で語り合ったり
今抱えてる悩みについてどうやって克服していくかを相談できる仲間って
やっぱり必要だと思います。
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レミケ点滴 2月13日(水)

先週入院したばかりなのに、レミケの点滴日が来たのでまた病院に行ってきました(^_^;)

CRPは0.15と相変わらず絶好調。

入院中の担当の先生は主治医ではなく、検査後初めて主治医と対面しました。

レミケードはしばらく続行するつもりだそうですが、

このまま緩解が続けば3年を目途に打ち切ることも考えていると告げられました。

レミケで緩解を保つことによって、クローンが悪化しにくい体になることもあるようです。

そうなるといいな(^▽^)


ジムで体うごかし始めたことも好調の維持につながってるような気がします。

今年は、なんかスポーツも始めたいな♪
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2008年ダブルバルーン検査入院記

2月の5日から7日と3日間、小腸ダブルバルーン検査のために別荘入り(入院)してきました。

案内された病棟は産婦人科がメインのフロアで、沈黙の中に時々赤ん坊の声が…

病室のカーテンはピンク一色だし

男性用トイレは面会許可時間の3時まで開かないし

どことなくいつもと違う雰囲気・・・。

ただ、幸せな空気が漂ってるのはいいことかな。



外来診察帰りのy字兄さんが、お見舞いに来てくれました。
車に乗っけてもらって着いた先は病院近くの某デパート。
ある化粧品屋さんのカウンターで、エビちゃん仕様にメイクしてもらっちゃいました♪
入院中なんですけど(^_^;)

デパート内をうろついて、その後は○ターバックスで珈琲たいむ。
検査前の最後の一服を楽しみました( ̄ー ̄)y-.。o○


簿記のテキストをもらうことを約束して(笑)、y字兄さんとお別れ。
帰りも病院まで送ってくれました( ^ー゜)

検査前のブルーなひと時を、楽しい時間に変えてくれた兄さんに感謝☆



次の日は朝6時に起床。吐き気止めの薬をもらい、スタート。

15分後。

きました、2リットルの下剤が…( ̄д ̄;)
(ニフレックです)

とりあえず、最初の400mlを15分間で飲みきり、そこからは200ml/15分のペースで。
結局、1.1リットル飲みきったところで看護師さんから「OK」が出ました。
今回はラクな方だったかな。

ベッドで身悶え/(x~x)\しながら待っていると、9時過ぎに先生が現れて点滴。
すぐに検査室へ。

着替えて、検査台の上に横になってからは意識がありません。(いつものことか)





目が覚めたのは管を抜く作業の最後の部分。
ぼんやりしててろれつがまわらない。

先生たちがやたらと心配そうに覗き込んできました。

「痛くないですか?」

そう聞かれて、お腹がよく動く感覚はあるとは思ったものの別に痛くはないかな…と思い、ろれつのまわらない口で「大丈夫です」と言いかけた時、すごくフラフラっとした感覚が。

検査の途中、私はかなり「痛い」と訴えていたらしく睡眠薬を増量注射されたそうです。
でも、まったく覚えてません。

多めに注射された睡眠薬のおかげで、その晩はもう一泊することに…(泣)



検査の結果は、その日の夕方にパソコンの画面で見せてもらえました。
最近はカルテから検査画像の記録まですべてパソコンで管理しているそうです。
映し出された画像を見ながら、先生が説明。
前回の検査までにみられた潰瘍はすべて閉じていました。
レミケードを始めて1年、私にとっては非常に有効な治療法だったようです。

先生からは、「内視鏡では小腸の下部3分の1と大腸しか見えてないから、ここで潰瘍が見つからなかったからといって(他の部分にあるかもしれないので)急に無理をしないでください。」と釘をさされました。
また、レミケは効かなくなる例があるという事も。


傷が閉じていたことで、病気が治ったかのような気持ちになって
私が無茶しないように配慮してくれた上での発言なのはわかりますが、
先生の口から言われるとやっぱりちょっと凹みますね(;_;)


でも・・・
今まで頑張ってきた自分に「エライ」と言ってあげたい。
たとえ自己満足だと言われても(・∀・)♪
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身についたのは…

久しぶりにジムで体重計ってみました。


かなり身についていました(;;゜ o゜;;)

え~鍛えてるのにぃ


きっと吸収が順調なんでしょうねA(^_^;)
それは喜ばしいことだけれど…。


「過去に無理なダイエットを経験すると肥満になりやすい」
だそうです。
ダイエットじゃないけど、鼻注生活もある意味ダイエット状態だった?
栄養の吸収悪くて痩せてたから
「蓄えられるうちに蓄えときなさい☆」って看護師さんにも言われたしv(・▽・)v
熊みたいやな(-_-;)

当分、食事制限です!
でもその理由が世間一般の女のコらしいもので、ちょっと嬉しかったりします♪
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プロフィール

yukari (ゆかり)

Author:yukari (ゆかり)
3.16生 うお座
血液型:A型

*略歴*
5年前、原因不明の下痢に始まって毎晩の発熱・体重減少が続いたため、病院に通うも何の病気かわからず半年が過ぎる。検査入院でやっとクローン病という病気と診断され、それからこの病気とおつきあいする日々が始まったのでした。

小腸大腸型だが、主に小腸に潰瘍有。

検査歴:胃カメラ、小腸二重造影
    大腸内視鏡、小腸内視鏡

小腸カプセルカメラを飲んだこともありましたが、半年間排出されずに、口から内視鏡を入れて取りにいってもらいました…(T_T)

転院歴アリ。

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